前置き
ツイッターでちょくちょくネタにしていた命蓮寺メンバーの現代パロ命蓮荘ネタです。
本来なら最初から順番に書いていくべきネタなんですがとりあえず一ネタ思いついたので垂れ流しです。
軽くキャラとか設定を紹介。
聖白蓮:シェアハウス命蓮荘の大家
幽谷響子:命蓮荘の住民。聖がある日拾ってきた。年齢のイメージは幼女。
その他命蓮荘の住民達。

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○命蓮荘の日常-聖と響子の場合-

 命蓮荘のお昼前。
 皆は学校や仕事で出かけている今、命蓮荘の中は幽谷響子の独壇場となっていた。いつもはみんなでバタバタしているリビングはしんと静まっている。普段は星が深く腰掛けているソファも、村紗が抱いているクッションも、今は彼女だけのもの。体をダイブさせて転がってみれば、ソファはゆっくりと沈むように彼女を受け入れた。満足気に鼻から大きく息を吸うと、まるで広大な草原の中心にいるような、そんな気さえした。
 窓から差し込む暖かな日差しに誘われて、閉じた瞼が徐々にトロンと蕩け始めてきた。
 うつらうつらと身体を転がす、そんな彼女の耳に遠くから声が届いた。うっすらと耳を撫でるようにしながら、それは響子の脳内を通り過ぎていく。
 パチリと両目を開いた彼女はまるで子犬のようにピクンと手足を伸ばした。弾かれた弓のように勢いをつけて体がもち上げられる。膝と両の手のひらをソファへ沈めながら、じっくりと辺りを見回した。
 姿はどこにも見えないのに、まるで耳元でささやくようにして、どこかで鳴り続いていた。それは朝雀が鳴いたり昼間子供の遊ぶ声が聞こえたりするように、あたかもそこにあって当たり前のように、声が家の中にじんわりと染みていた。
 響子は目を閉じ、それを味わうようにして耳を傾ける。どこまでも平坦に聞こえていたけれど、それはどこか無理やりそうされているような感じがする。彼女はぼんやりとそんなことを考えていた。
 しかし唐突に頭がカクンと支えを失った。驚きに満ち溢れた表情で彼女は急いで目を大きく開く。
 考え事をしていたはずなのに、気付いたら眠ってしまいそうになっていたのだ。目をゴシゴシと擦る。逃げ出しそうになったあくびをきつく口を結んで自分の中に閉じ込めた。
 このままだと飲み込まれてしまう。あまりにも漠然としていて、あまりにも曖昧な妄想が響子を襲った。それをまるで何か怪物のように思い浮かべた響子は、ソファを飛び出して家の中を駆け回った。
 家中に染み込んだその声はどこから聞こえてくるのか方向が定かではなかった。まるで家自体が声を発しているようにさえ彼女には感じられたのだ。
 家の中を駆け回る響子の足音が騒がしく廊下を演奏していく。キッチン、トイレ、お風呂。次々にドアを開けていっても誰の姿もそこにはなかった。最後に残った部屋は廊下の一番奥、唯一引き戸のその部屋に足音がドタバタと近づいていく。
 響子は手をかけて勢いよくそれを開け放った。
 部屋の中には一人正座をして背中を向ける聖の姿があった。しかしそれに響子は咄嗟に気付くことが出来なかった。まるでその部屋にいて当然の当たり前のものとして、彼女の存在は溶け込んでいたのだ。声は彼女から発せられているはずなのに、その部屋は驚くほどに静かだった。
 はやる響子の足も部屋の境を越えることなく止まってしまった。
 聖は未だ響子が背後にいることには気付いていないようだった。むしろ先程まで家中を走り回っていたことすら気付いていないようでもあった。それが響子にはとても不思議だった。
 自らの発する音を押し殺すようにして、何故か息をすることもぐっと堪えるように、響子はゆっくりと部屋の中に入った。抜き足差し足。廊下のフローリングと違って、部屋の中にしかれた畳は少し沈むようにしながら響子の足を受け入れた。しむしむと進むと、聖の背後に手が届きそうな距離になった。
 声をかけようかと思ったけれど、何故かそれが躊躇われた。今の彼女の邪魔をしてはいけないような気がしたのだ。
 かわりに響子は横から首を伸ばし、聖の表情を覗き込んだ。
 聖の瞼はやんわりと閉ざされていた。それは悲しんでいるときに見えるそれにも、微笑んでいるときに見えるそれにも両方に見えた。その表情は一つも動かずに、ただ口の形だけが小さく次々と変わっていく。まるで和楽器のように、唇が揺れるのと連動して聖の口からは音色が流れ出していた。
 響子は目を奪われて立っていることしか出来なかった。ぽかんと開いた口を閉じると、ゴクリと生唾が喉を通過していく。
「あら。いたのね」
 急に聞こえたそれが自分に向けられているのだと、響子は咄嗟に気付くことが出来なかった。はっと我に返ると聖の顔はこちらに向けられていた。その表情は先程までとは違う、いつもの聖が見せる優しい笑顔だった。
「どうしたの響子?」
 普段と違い静かな響子を不思議に思ったのだろう、聖は少し首を傾げながら耳元の髪をかき上げた。それにのせてふわりと香りが響子の鼻を撫でる。それは今二人の横で煙を上げているお線香の香りだった。それに連れられて響子は視線をその方向へ向ける。追って聖の視線も同じ方向へ向けられた。
 そこには仏壇が置かれていた。決して大きくはないけれど、部屋に入った直線上、一番意識してしまうだろう場所にあり独特の存在感を放っていた。響子にはそれが何なのかは分からなかった。だけど立てられた線香、挿された花、置かれた鈴は見慣れないもので、それが特別なものだということだけは理解できた。
 真ん中に置かれた写真の中では、響子の知らない男性と聖が二人笑顔で並んでいた。
 そして、響子は写真を見て驚いた。そんな笑顔を見せている聖を響子はこれまで見たことがなかったのだ。
「写真がどうかした?」
 聖が不意に身を乗り出して響子の顔を覗き込んだ。
「聖ー、これって誰?」
 響子は写真の中の男性を指差した。誰のことを問われたか分かっているはずの聖も、その指先をしっかりと追っていく。聖の瞳にはその男性の笑顔、そして自分の笑顔がそれぞれ同時に写った。
 少し視線をそこから下に逸らした後、聖は口を開いた。
「これは私の弟よ」
「弟?」
 疑問符を浮かべながら、聖に向けていた顔をもう一度写真の方へと戻した。そっくりなのかどうかはよく分からなかったけれど、笑顔は二人とても似ているように見えた。
「二人とも楽しそうだね」
 だから響子は写真の中の二人と同じように満面の笑みで聖に答えた。つられて聖の表情が緩む。
「そうね。あの頃はとても楽しかったわ」
 聖の視線は写真に向けられる。隣の響子も同じようにして。だけど響子は写真を見て笑っているのに対し、聖はどこか写真の向こう側を見て笑っているようだった。
「でも聖に弟がいたなんて知らなかったよ」
「そういえば響子には話したことなかったわね」
「うん。私も会ってみたい!」
「そう言ってもらえるとなんだか私が嬉しくなってきちゃうわね」
 身を乗り出して写真を見つめる響子の姿を、聖は自らの弟の幼いころと被せていた。
「だけど会うのは難しいかな」
「えーどうしてー?」
 不満そうに響子は口を尖らせた。聖はなだめるようにして彼女に喋りかける。
「だってあの子はここからずっと遠いところに行ってしまったんだもん」
「遠いところ?」
 響子は脳内に思い浮かべる。聖と買い物の帰り一緒に行った神社は遠かった気がするけれど一人でも行けそう、電車に乗って行ったお寺は少し遠い。だけどもっと遠いのかもしれない。浮かび上がってくる疑問を次々とかき混ぜながら考えを深めていった。
「じゃあ飛行機に乗るくらい遠い?」
「そうねー」
 小さく曲げた人差し指を口元に当てながら聖は宙を仰いだ。
「それよりもまだ遠いかな」
「えーそんなに」
 頭に描いた新幹線も飛行機も飛び越していく何かに響子はただ声を上げることしかなかった。
「そう、ずっとずっと遠いところに行ってるのよ」
「へー帰ってこないの?」
「そうね…」
 聖は手元に視線を落とした。今は何もないけれど、二人でいたころにはそこにはお経がびっしりと書かれた巻物が握られていた。その内容を反芻しながら彼女は答える。
「ちゃんと向こうでやっているならいつかは帰ってきてくれるんじゃないかしら」
「そうか!じゃあそのときに会う!」
「ええ、会えるといいわね」
「うん!」
 もし子犬だったら耳と尻尾をぱたぱたと動かしていただろう。それくらい響子にはいつか会える日が楽しみだった。
「ところで聖、さっきまでなにやってたの?」
「さっき?」
「うん。なんかずっと、誰かに話しかけてるみたいだったけど」
 そう言われて聖は響子が何のことを言っているのか理解した。誰かに話しかけている、響子がそう感じていたのに少しドキリと心臓を鳴らしてしまったが、すぐに平静を取り戻すことが出来た。
 そしてどう彼女に説明すればいいのか少し悩みゆっくりと口を開いた。
「あれは、そうね、子守唄を歌っていたの」
「誰に?」
「さっき話していた弟に。向こうで眠っているだろうあの子に歌ってたの」
「へーまだ寝てるのか。聖の弟はねぼすけなんだね」
 ねぼすけと呼ばれたことに聖は思わず笑ってしまった。
「待ってるのにいつまで経っても起きてこないのよ」
「じゃあ悪いねぼすけだ」
「そうね、本当に悪いこだわ」
 ニカリと笑う響子を聖はやんわりとした視線で優しく包んだ。
「だけどあんまり気持ちよさそうに寝てるから。だからこうして子守唄を歌ってあげていたのよ」 
 そう言って聖は正座を正し、仏壇の方へとしっかりと身体を向けなおした。先程まで固く合わせられていた両手は、今は膝の上に軽く乗せられている。
 すぅと小さく息を吸い込んだ。そして聖はゆっくりとお経を読み始めた。まるでオルゴールが流れてくるように、聖から聞こえてくるそれに響子は再び耳を奪われた。そしてそれを心地よく思った彼女は、自分も一緒にやりたいと感じた。
 ペタンとお尻をつけて座っていた姿勢を正して、聖の隣で正座を真似した。チラリとその響子の様子を確認した聖は、あっているのかどうか不安そうに見上げる視線に、ニコリと声に出さず返答した。響子の表情が元通りぱっと明るくなったのが見えた。
 もう一度最初から、さらにゆっくり、一つ一つの声色が響子にも聞き取れるように聖は口を開いた。
 少し遅れるようにして響子も聖の言葉を真似した。何を言っているのか意味は全くわからなかった。けれど心地よく感じたそれが、自分の口から同じように発せられていることが、響子にとってはなによりも嬉しかったのだ。
 響子が噛んでしまったところで聖は自らも読むのを一旦止めた。並んだ二人は同時に息をつく。
「むー難しい」
 部分部分覚えたところを響子は繰り返そうとする。だけどそれはどこか間違っているような気がして、一人口を尖らせた。
「何度も繰り返しているとちゃんと出来るようになるわよ」
「本当に?」
「ええ本当に。だって私も最初は全然出来なかったのだもの」
 聖は再度お経を読み始める。隣では響子のつたない声が続く。
 まるで、あの頃みたい。目を閉じながら聖は瞼の裏にその光景を見ているようだった。
 先程噛んでしまった場所は知らないうちに過ぎていて、響子はなんとか聖の言葉を繰り返すことが出来た。
 そうしてお経がとある部分にまできた。そして聖がそれを読んだ瞬間、響子の頭の中でピコンと何かが鳴り響いた。
「ぎゃーてーぎゃーてーはらそーぎゃーてー」
 今までの小さな声と違って、口を大きく開けて、お腹から思いっきり声をだして、いつも話す調子で響子は声を上げた。気付いた聖はお経を読むのを止めて響子の顔へ視線を落とした。
「ぎゃーてーぎゃーてー」
 答えるようにして響子はもう一度大きな声で読み上げる。不安そうに聖の後ろを追いかけるのではなく、楽しそうな声でしっかりと声を上げた。そう言う彼女の笑顔はとても楽しそうに聖の目には映った。まるで写真の中の自分と弟を見ているように。
「そうそう上手。そうやってると知らないうちに覚えているのよ」
「本当に。やったー」
 そう言って響子は大きくバンザイをした。
「ぎゃーてーぎゃーてーはらそーぎゃーてー」
 気に入った響子は何度もその部分を繰り返した。彼女に合わせて聖もその部分を同じく復唱する。
「ぎゃーてーぎゃーてーはらそーぎゃーてー」
 二人分の声が響き渡る。静かだったはずの命蓮荘はいつの間にかとてもにぎやかになっていた。
 写真の中の笑顔に、窓から差し込んだ陽の光が反射した。

 命蓮荘の朝。
 住民達はそろそろ目を覚ましてそれぞれの準備を始める時間。住民達の部屋がある2階へと続く階段を勢いよく駆け上がる足音が暴れていた。踏み外さないか不安になってしまいそうなそれは無事二階へとたどり着いたようで、続いて廊下をドタドタと廊下を揺らしていく。
 それが鳴り止んだかと思った瞬間、思いきり扉を開け放つ音が命蓮荘を揺らした。
「おはよーございます!」
 そしてそれと同じくらい、響子の朝の挨拶が部屋を揺らせた。
「むぁ…」
 今日それの第一の被害者になったのは、未だベッドで丸まったままの村紗水蜜だった。命蓮荘朝の風物詩となっているそれに備えてか、彼女は頭まで完全に布団にもぐっていた。僅かに聞こえてきた声に意識を取り戻したものの、覚醒することなく、またぬくもりに負けてしまったのだ。
 しかし響子はそのことを許さなかった。部屋の中へドカドカと入った彼女は、ベッドへ向けて思いきりダイブした。ボフンと羽根布団が沈む悲鳴が上げられる。
「おはよーございます!」
 大声に加えて手足をまるで大海原のようにバタバタさせた。布団の向こう側に埋まる村紗は驚き唸り声を上げたが、しばらくすると響子をよけるようにして身体をねじらせた後、再び動かなくなった。
「あとちょっと、五分だけでいいから寝させて」
 そういって布団から腕を伸ばす。先の手のひらは大きく広げられていた。
「むー」
 なかなか起きない村紗を不満に思った響子だったが、そこであることを思いついた。寝ている人に言う言葉があったじゃないか。
 響子はズイッと立ち上がった。不安定なベッドの上だった胸を張って大きく息を吸い込む。
 そして全力で大声を出した。
「ぎゃー手ーぎゃーてーはらそーぎゃーてー!」
 その声は部屋の中のみならず、命蓮荘全体、いや外にまで轟いた。アンテナに止まっていた雀達が何事かと急いで逃げ出していく。
 そしてもちろん、命蓮荘の住民達にもその声は嫌というほど届いた。既に起きていたものは何事かと急いで村紗の部屋に駆けつけ、まだ寝ていたものも飛び起きた後同じ行動をとった。
 村紗の二つ隣の部屋で眠っていたナズーリンもそのうちの一人だった。
「朝から一体何の騒ぎだい…」
 血圧の低そうな声で目を擦りながら村紗の部屋へと足を踏み入れた。
「ぎゃー!」
 その瞬間追い討ちをかけるようにして叫び声が響き渡った。それによりナズーリンの瞼はこれ以上ないというほどに大きく開かれた。
 声の主はナズーリンよりも先に部屋に来ていた住民、村紗の隣の部屋に住む雲居一輪だ。
 見ると彼女はベッドの横で何かを抱きかかえるようにしていた。その腕に横たわるものは力なくダランと、まるで打ち上げられた海草のようだった。
 よく見るまでもなく、それは村紗だった。
「ナズーリン大変、水蜜が、水蜜が成仏しちゃう!」
 一輪が村紗の頬を叩いたり身体を揺さぶったりしたが、全く返事は返ってこなかった。ぐったりとした村紗の瞳は閉じているのではなく半開きだ。隙間から僅かに白目が見え隠れしていて、口からは涎の代わりに泡が吹き出されているようにさえ見えた。
 その一連のやりとりを見ながらナズーリン一つ大きくため息を吐き出した。
 ふと視界の端に映った影を追うと、ベッドの上には全ての元凶となった響子がちょこんと腰を下ろしていた。
 ナズーリンと目が合った瞬間、彼女はニコリと表情を明るくした。
 そして誇らしげに胸を張ってこう言ったのだ。
「おはよーございます!」
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